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2010年12月 8日 (水)

[才市] 「ああ,もどんなさった,なんまんだぶ」

 才市さんがお寺に参ったときは,他の人が帰ったあとも,ゆっくり礼拝してから帰って行ったそうです.「内陣ぎわまで行って,そこで阿弥陀さまと話をしているような様子で,念仏したり話しかけたりして叮嚀にお礼をしていた」.そんなときでしょうか,ご本尊を前にして,こんなことをつぶやかれることもあったと聞いています.

はぁ,おんなされんか・・・.ああ,もどんなさった,なんまんだぶ,なんまんだぶ.(居られませんか・・・.ああ,お帰りになられた・・・)

 「留守ですかな」と言っていたと聞いたこともあります.阿弥陀さまはお留守だということですが,ご本尊を前にして「おんなされんか,留守ですかな」とはどういうことでしょうか.

 こどもの頃,「お浄土は空っぽだ」という話を聞いた覚えがあります.どなたからお聞きしたのかまったく覚えていませんが,多分,近隣のご住職さまでしょう.「空っぽ」,誰もいないと言っても,往生するのが難しくて誰もいないという話ではありません.お浄土に往生された方は皆,衆生済度のためにこの娑婆世界に戻っておられるので,お浄土で昼寝をしているような人はいない,という意味です.正信偈で言えば「得至蓮華藏世界 即證眞如法性身/遊煩惱林現神通 入生死薗示應化(「阿弥陀仏の浄土に往生すれば,ただちに真如をさとった身となり,/さらに迷いの世界に還り,神通力をあらわして自在に衆生をすくうことができる」とのべられた)」という箇所です.

 才市さんが「留守ですか」とつぶやいたのも,阿弥陀さまは,今この瞬間も衆生済度のために働いておられるので,お寺の須弥壇で休んでおられるはずはない,という味わいからでしょう.でも,忙しさにかまけて私のことを忘れているわけではない.それが,「ああ,もどんなさった」ですね.

 う~~ん,それにしても忙しい人だ,阿弥陀様も.

【補足】
 「内陣ぎわまで行って・・・」:『妙好人 才市さんの世界』(本願寺出版部, 1981), pp.212--213.

 あるblogの記事を見て思い出したことを書いてみました.最後の1行は,その記事が「忙しい宗教である,真宗は・・・・」と結んであったのを拝借したものです.ただ,こういう言い方を,不快なおちゃらかしと感じられる方もいらっしゃるかもしれません.どうぞ,真意をお汲み取りください.次回は,これに関連した話を真面目に書きますです,はい(^-^;).

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コメント

こんばんは
真意を汲み取っていただきまして、ありがとうございます。
私が浄土か地獄かどちらかに参らせていただいたときは、たぶん残した
家族や友人が心配でたまらず、すぐに舞い戻って添っていると思います。
先立ったご先祖様たちもきっと私が心配でならず、傍らにいてくれていると思います。でなかったらこんなコメントやブログを書けるはずがありませんもの・・・

こんばんは.こちらにもコメントを頂いていることに気づかず,お返事が遅れました.
 還相廻向というのは,真宗のみ教えのなかでも,もっとも素晴らしい部分ですね.もちろん,仏になる教えという仏教の基本に沿った(というか,それがどういう意味かをはっきりさせた)ものですし.

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