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2011年3月25日 (金)

[才市] 仏とは 仏言わせる 仏から

ほとけとは ほとけ ゆわする《言わせる》 ほとけから
しんきち には ほとけの種がありまする
これは しんきち と才市が談合の話でありまする
大正三年十一月十三日の大浜屋の小屋の戸口で
談合いたしました
みなさん しんきち をかわいがうてやりてくだされ《可愛がってやってくだされ》
どうぞたのみます
しんきち もこの才市も
如来さんに守られておることがわかりました
なむあみだぶつ なむあみだぶつ
(鈴木, p.34)

 「これはしんきちのこと」と題する長い口あいがあります.おおよその内容は:
「しんきち」という人は知的障害を負っていて,お念仏を称えることができない.この「しんきち」を「ほとけにすることはできんであろうか」と常に思っていた才市さんは,「しんきち」の耳元でお念仏を称えて,今どういったかと問うてみた.そうしたら「しんきち」は,なんまんだぶとは言わずに,「ほとけ」と答えた.「しんきちは 偉いものであります」・・・.
 この口あいの次に,上に掲げた口あいが書かれています.因みに,「しんきち」という人について,「座談会 才市さんを偲ぶ」から3人の方の発言を拾うと:

 「しんきち」はボロを着てね,椀をさげて,昔のことだから裸足で,小浜と温泉津を歩いて回っていました.
 うちの父が同じ真吉といいますの.そこで,寒い日に来ますと「やれ寒かろうに,はやく温かいものを食べさしてやってくれぇ」と,よく母にいっていました.
 門に立って,ご飯をもろうて食べていましたね.この「しんきち」に才市さんは必死になっていたらしい.寺へ参れと言うても参るようなものではないし・・・.何とかしてお念仏を言わせようとするわけですね.

【補足】
鈴木:鈴木大拙 編・著『妙好人 浅原才市集』
「座談会 才市さんを偲ぶ」:『妙好人 才市さんの世界』(本願寺, 1981)).引用は,p.244.なお,この本のpp.221--226にも,「しんきち」のことが書かれています.

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コメント

今日の才市さんの口あいを読んで
米澤英雄先生と 障害を持つ子供さんの親の会話を思い出しました。
記憶が定かではありませんがこんなやりとりだったと・・・
親 「手次寺の住職に 念仏を称えられんもんは お浄土へは参れん
   と言われたが、わしの娘はお念仏がとなえられん、ほんとにお浄土
   へは行けんのですか?」
米 「その子は わしらみたいに煩悩にとらわれることが無いから、間違い   なく お浄土へは参れるヨ」
この子も しんきちさんも お浄土行きの列車の先頭車両に乗り込んで
居るようです、私こそ乗り遅れないようにせんと・・・・
念仏のお返しに 「ほとけ」とは面白いですね。
名前が同じと言うことだけで親身になるのも有り難いご縁です
考えてみれば すべての人が 同じ姓・釈を持つ身でありました。

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