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2011年6月11日 (土)

[才市] 名号不思議のあかり

わしの心の暗めに
名号不思議のあかりをつけてもろうて
ご恩よろこべ なむあみだぶつ なむあみだぶつ
(楠, 三, p.136)20110611

 写真は,前回ご紹介した龍大「デジタルアーカイブ研究閲覧システム」に収められている才市さんの口あいの一つです.ノート見開き全部の写真から,この口あいの部分だけ切りを抜き,縮小しました.
 先日,「デジタルアーカイブ」展に行ったとき,「心に光が入るのは耳からだから」(ヘレン・ケラー)とのかかわりで,鍋島先生がこの口あいについて触れられました.私の頭の中ではこの二つは結びついていなかったのですが,そう言われれば関連していますね.
 実は,ヘレン・ケラーの言葉は,中村久子さんの次の言葉との関連で聞かせていただいたものです.

・・・そして幼い日に抱かれながら聞いた祖母の念仏の声が心の裡に聞こえたのです.

 この言葉を間に置くと,才市さんのこの口あいとヘレン・ケラーの言葉との関連は一目瞭然ですが,それでも気づかなかった私は orz・・・.

【補足】
 楠, 三, p.136:楠恭『定本 妙好人才市の歌 全』の三.
 ヘレン・ケラーと中村久子さんについては先の記事とそこに付したリンクもご参照ください.

 写真の文字を,できるだけもとに近い形で活字に写すと次のようになります.

わしのこころのくらめ二明をごふしぎの
あカりをつけてもろをて ごをんよろこべ
なむあみだぶつなむあみだぶつ

 この写真や,才市さんの他のノートに見られる用字の特徴をいくつか挙げると,だいたい次のようになるでしょうか.

 1) ほとんど平かな.

 2) 今日とは異なった形の仮名が使われている.もっとも,仮名が今の形に統一されたのは1900年,才市さんが数えで51歳のときといいますからこれは当然ですね.
 例:太=た,太”=だ,カ=か,か=が など(前が才市さんの用字に近い形).「な」「つ」なども「奈」や「川」の形を残している感じです.
 (このあたりのことは,習字や古文書に親しんでいる方ならよくご存知のことと思います.私はどちらとも縁遠いので,見当違いのことをいっているかもしれません.)

 3) 漢字は音を借りているだけ
 例:明をご=名号,ごかい三=御開山,上ど=浄土 など.
(訂正・追記2015.03.02) なお,「に」の音については,1917--1918年頃までは「仁」,それ以降は「二」が使われているそうです(佐藤 平 「浅原才市年譜」, 『大谷女子大学紀要』第20号, pp.30--49, 1986).

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コメント

おはようございます
この書き込みが11日の日付けとなっているということは夜中に書きこまれた由、ご苦労様です!!
先日いただいた本 有り難く読ませていただきました。「ご恩うれしや」
は同じ意味合いの歌が集められているので、反ってひとつひとつへの
感動が起きにくくなってしまっていることに気がつきました。
「妙好人と蓮如上人」のp18に宣教会の方々の思いが「起きては法門の前途を嘆き~」と書かれていますが、100年前の大遠忌を前に「唯物的準備にのみ忙はしく」と言い当てられています。100年前ですらそうですので、今回の750回忌を当時の宣教会の方々が見られたら何と言われるのか・・・・
残念ながら我が派の御遠忌は電通に依頼してしまっていたようです。50年前に湧き上がるように発生した「同朋会運動」の姿が消えてしまい、そのことを問題にすらしなかった御遠忌となってしまいました。私も同朋会運動で生み出された推進員をしていますが、情け無い限りです。
4月に西本願寺の大遠忌にお参りしたときに、最初に出迎えてくれたのは
「門徒推進員」という腕章をつけた同朋の方々でした、そのことをあちこちに発信していますが、三重教区の教区の御遠忌を話し合う会議で「我が教区の御遠忌でも腕章をつくり。推進員の方と一緒にお迎えしよう」ということになったそうです。嘆いているだけでは何も起こりませんのでコツコツと微力ながら動いていきたいと思っているところです。
ありがとうございました

こんにちは.早朝からの書き込み,ありがとうございます.

「同じ意味合いの歌が集められているので、反ってひとつひとつへの感動が起きにくくなってしまっていることに気がつきました。」

これは私も時々感じます.『ご恩うれしや』で流してしまった口あいを,鈴木大拙師や楠恭師の本(才市さんが記した順に並んでいる)で見てハッとすることもあります.また,才市さんの心の動きが読み取れることもあり,この辺は元の配列通りに並んでいる本の強みでしょう.

反面,『ご恩うれしや』では,同じような口あいが並んでいるので,前後の口あいに助けられて,深い意味が分かるということもあります.それぞれ,一長一短ですね.

いつものことながら,破旬さんの行動力すばらしいですねぇ.当方は,電算機の前にミコシを据えたまま破旬さんにいただいたエビセン・タコセンをポリポリやってます.口が曲がるかもしれない・・・(冗談はともかく,おいしいです.ありがとうございました).

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