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2018年10月

2018年10月29日 (月)

[才市] 恩と恩とでなむあみだぶつ

ありがたい 
祖師のご恩と 
弥陀の恩 
恩と恩とで 
なむあみだぶつ
(鈴木, 12:070)

今月の12, 13日に,例年通り報恩講をお勤めしました.そのご案内と,当日お配りした寺報に掲げたのがこの口あいです.今年の報恩講は少し変則的な形で勤めさせていただきましたので,そのご報告もかねて,この口あいに関する寺報の記事を以下に転載します.

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 最近は、病院にいってもその場では薬をもらえず、代わりに処方箋をもらって薬局に行くことが増えました。その処方箋の内容は一人一人違います。病気によって薬も違ってくるから当然ですね。

 お釈迦様も、相手に応じて法を説かれました。そして、お釈迦様が去られた後には、たくさんの処方箋(お経)が残されました。そこで、このたくさんのお経のなかから、私にあった処方箋・薬を捜し出さなければならなくなりました。それをしてくださったのが、先師の方々、とりわけ親鸞聖人でした。

 そうして選び出された処方箋が浄土三部経です。そして、そこに書かれているお薬の名前は阿弥陀様でした。

 だから、私たちが救われるのは、阿弥陀様のご恩のお蔭ですが、そのご恩にあずかることができるのは、親鸞聖人のお蔭です。そこで、祖師親鸞聖人のご恩と阿弥陀様のご恩を共に喜ぶ、それがこの口あいです。
                 *
 さて、その親鸞聖人がご往生になって、七百五十五年になります。ご本山では、先に百五十回大遠忌法要が務まりました。当山でも、続けてお勤めすべきでしたが、住職の病気などでお勤めできないまま今日に至りました。

 しかし、このままにしておくのは心残りです。そこで、本年の報恩講では、七百五十回忌法要のために定められた形でお勤めをして、気持ちだけでも七百五十回忌を勤めさせていただくことしました。併せて、裏山の崖補修工事と駐車場整備の記念とし、お世話頂いたご苦労を記憶にとどめたいと思います。

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 変則的な形で報恩講を勤めるにあたっては,門信徒の皆さまと,とりわけ,近隣の寺院の方々のご協力がありました.ありがとうございました.

【補足】
鈴木, 12:070: 鈴木大拙編著『妙好人浅原才市集』, ノート12の70番(p.158).用字,改行などを読みやすく改めました.

2018年10月20日 (土)

「わが想い高けれどわが力遥かにおよばざる」

 少し前,堀辰雄『風立ちぬ』に触れましたが,この小説,題名の由来である詩句「風立ちぬ、いざ生きめやも」がよく問題になりますね.ヴァレリーの詩句を訳したものですが,元の詩句が「生きようとしなければならない」という強い意志を表わしているのに対し,「生きめやも」だと,「生きようか,いや・・・」と反語的な含みになって意味が逆転しているに近い,と.

 これを以て,堀辰雄はフランス語が分からなかったとか,日本語文語を知らなかったとか言う人もあるようですが,敢えて誤訳したのではないか,という説を聞いて,そうかもしれないと思いました.つまり,あの小説には「生きねばならぬ」という強い意思よりは,「さあ,生きよう,いや,生きなければならないのか」という逡巡の方がふさわしいから,敢えてそう訳したのだと.

 そう考えると,あの言葉は,語り手の「ふと口を衝《つ》いて出て来たそんな詩句」とされていますので,作中人物がその心情に依って変えた(間違えた)と理解することもできます.さらに,元の仏語が最初に掲げられているのは,「作中で引用される詩句はこれの訳だけど,ニュアンスを変えていることに注目してね」という作者のメッセージとも取れます(深読みが過ぎますか?).

 以上,ヴァレリーについても堀辰雄についても何も知らない人間の素人談義ですが,これで,前々から気になっているもう一つの「誤訳?」のことを思い出しました.映画『若草物語』の科白です.

 この映画で,「ベア先生」が「ジョー」に向かって,ドイツ語の歌を歌いながら,その意味を説明する場面があります(全体の2/3くらいの所).

Nur wer die Sehnsucht kennt
ただ憧がるるもののみぞ知る
Weiss, was ich leide!
何故に苦しむかを
Allein und
喜びや幸せより遠く離れしさみしさ
(間)
望み高けれど我が才知遥かに及ばざりき
(ここは,ドイツ語の引用なし)

 これを聞いたジョーがこう答えます.

「望み高けれど我が才知遥かに及ばざりき」
万人の心を打つような言葉ですわね.

 この最後の言葉,ずっと昔テレビで見て,「我が望み高けれど,我が力遥かに及ばざる」と覚えていました.先年,テレビでこの映画がまた放送されたので,上の場面を確認し,ついでに,元の言葉はどうなっているのだろうと英語の方を聞いてみたら(便利な時代になりました),何と

My senses fail. A burning fire devours me
(感覚が薄れ,燃え上がる炎が私を飲み込む)

と言っているのです.ジョーの言う通り,私も心を打たれ,少し違った形ではあるけどずっと覚えていた科白「我が望み高けれど,我が力遥かに及ばざる」はどこにもないのですね.

 この歌は,“Nur wer die Sehnsucht kennt”というドイツの歌と紹介されている通り,ゲーテ『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代』に挿入されている「ミニヨンの歌」に曲を付けたものです.そこで,「ミニヨンの歌」を見ると,たしかに,“Es schwindelt mir, es brennt Mein Eingeweide.”という句があります.

 つまり,

Es schwindelt mir, es brennt Mein Eingeweide.(ゲーテ)
→ My senses fail. A burning fire devours me.
  (映画の原語の科白.ほぼ正確な訳)

→ 望み高けれど我が才知遥かに及ばざりき
  (映画の日本語訳科白.まったく違う訳)

というわけです.

 なぜこんなことになってしまったのか? 元の英語は平易ですし,ドイツ語の原詩を参照するのも難しくありません.間違いということはまずありえないでしょう.ということは,意図的な「誤訳」でしょうか.

 元の詩は,遠く離れた恋人への燃え上がる想いを歌ったものです.だから,「感覚が薄れ,燃え上がる炎が私を飲み込む」.しかし,その裏に,具体的な恋人ではなく,もっと一般的な,遥かなるものへの憧れを感じさせます.「我が望み高けれど,我が力遥かに及ばざる」は,その背後の意味を前面に押し出した訳といえるでしょう(実際,私は,映画で聞いた時には恋愛の歌だとは気づきませんでした).あの映画のあの場面ではこちらの方がふさわしい.訳者はそう判断して,敢えて「誤訳」(というか,科白の差し替え)を行ったのかもしれません.しかし,原詩はゲーテですからね,そうだとしたら,なかなか,大胆不敵だ・・・(^^;).

【補足】
 『若草物語』:何度か映画化されているようですが,ジューン・アリソンやエリザベス・テイラーが出演している版です(米国, 1949年).因みに私はこの映画,白黒だとばかり思っていました.以前見た時は,家のTVがまだ白黒テレビだったらしい(^^;).

 「Nur wer die Sehnsucht kennt」についてはこちらに詳しい話がありました.
この曲は,動画サイトにたくさん上げられています.たとえば,
 チャイコフスキー作曲「Nur Wer die Sehnsucht kennt」.映画でベア先生が歌っているのがこれです.ヴァイオリン曲もありました.チャイコフスキーらしい,感傷的といいたくなるくらい甘くて切ない演奏です.
 英語版は「None but the lonely heart」
 日本語版もありました(堀内敬三訳).
 なかなか,有名な曲のようですね.
 同じ詩にシューベルトも曲を付けているようです.

2018年10月 5日 (金)

ダンス・マカブルと真壁踊りのこと

 学生の頃,怪奇小説とのかかわりで,“ダンス・マカブル”(死の舞踏)というのに行き当たり,ホルバインの絵を集めた本を眺めたりしていたことがあります.これは,骸骨の姿をした死が社会のあらゆる階層の人々を迎えに来る様子を描いたもので,さまざまな格好で人を死に引っ張っていく骸骨が描かれていました.でも,これも怖い,空しい,だけではないのですね.

 

国王,修道院長,貴婦人などは否応なしに引き立て,引きずっていく死も,農夫にはその畑仕事を助け,老辻音楽家には優しく手を引き,楽器を持ってやり,永遠の安息への道連れとなる
(木間瀬, p.17)

 “ダンス・マカブル”の「骸骨」の多くは,皮や筋が残っていて,ちょっと気持ち悪いものも多いのですが,ホルバインの絵などは,次々と見ていくと,むしろ,サバサバした感じが強くなってきます.なんというか,みんな骸骨になるんだ~,この世のことで悩んだり悲しんだりしなくてもいいぞ~って感じ・・・.以前,『二人比丘尼』の骸骨の歌を紹介しましたが,あんな感じです.

想えばそこに複雑なことはなにもない.どうせ死んで骨になるだけ.こういう「身も蓋もなさ」が私は大好き.
(養老, p.26)

 因みに,「二人比丘尼」に私を導いてくれたのは澁澤龍彦ですが,その澁澤氏に「六道の辻」という小説があります.

室町時代の京都に,(おそらくは真壁という名から)マカベと呼ばれる男がいて,マカベ踊りなるものを行った.彼が,骨と皮ばかりの骸骨のような姿で笛を吹き,鉦鼓を叩くと,それに合わせて,老若男女,身分の区別なしに踊り狂う.その踊りが「死の前にはみな平等である」という意味であることは誰の目にも明らかだった・・・(要旨)

 作者は最後に,ほぼ同じ時代にヨーロッパで“ダンス・マカブル”,すなわちマカブル踊りなるものが流行したのは,偶然というにはあまりにも奇妙な一致である --- と述べています.もちろん冗談ですが,こういう冗談,大好きです.

【補足】

 ホルバイン:ドーヴァー社(?)の絵本を持っていたのですが,行方不明.「Holbein, Dance of Death」で検索すればたくさん出てきます.上記,木間瀬氏の本にも小さいですが,たくさん再掲されています.

 木間瀬:木間瀬精三『死の舞踏』(中公新書, 1974).

 養老:養老孟司『骸骨考: イタリア・ポルトガル・フランスを歩く』(新潮社, 2016)

 『二人比丘尼』の骸骨の歌

 「六道の辻」:澁澤龍彦『唐草物語』所収.ただし,今回は,『澁澤龍彦全種』第18巻を見て書きました.

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