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2019年2月

2019年2月28日 (木)

「大悲無倦常照我」(『正信偈』)

煩悩障眼雖不見
大悲無倦常照我

煩悩,眼を障《さ》へて見たてまつらずといへども,
大悲,ものうきことなくしてつねにわれを照らしたまふ・・・
(『正信偈』)

 人は恋に落ちるとどうなるか.H.フィッシャー『人はなぜ恋に落ちるのか?』第1章の目次は,その具体的な状況のリストとして興味深く眺めることができます.いわく:

恋人にかかわるすべてのものが愛おしい,
起きている時間の8割は恋人のことを考えている,
震え,口ごもり,汗をかく,
性的に独占したいのが恋人,どうでもいいのが友達,
性的なつながりより心のつながり・・・

 そのなかに「相思相愛になりたいという強烈な欲望」という一項がありました.

 「恋する人は,相手にも同じように想われたいと切望する」(同書,p.40),「相手からも愛が返ってくることを心から望むようになる」(同, p.52)・・・.片想いは苦しいってことですけど,もう少し具体的に言えば,たとえば私が,「千曲の川のさざれ石も君し踏みてば玉と拾はむ」と感じるとき,あなたも,私の触れたガラス片をダイヤモンドの如く美しく感じて欲しいと願うことでしょう.

みつめあうことだけが大切なことじゃないと
あなたは首すじから私の腕をほどく
・・・
信じあえる時が来たんだと
あなただけが大人になったように私を諭す
・・・
ほどける糸のように今愛が終わってゆく
憎み合うこともなくただ愛が終わってゆく
・・・
(中島みゆき「二つの炎」)

この歌は,「あなた」の心変わりの歌と解されることが多いようです.「信じあえる時がきた」というのは,つまりは,愛が終わったという意味・・・.

 しかし,「あなた」は,愛が終わってゆくとは思っていないのかもしれません.「信じあえる時がきたんだ」と本気でそう思っているのかもしれません.でも,「私」が「あなた」を見つめることを欲しているとき,「あなた」がそれを欲していないければ,「私」は「愛が終わっていく」と感じてしまう・・・.「これからも,良い友達でいましょう」が,仮に真意であったとしても,ときに残酷な返事になるのと同じです.

 自分が相手に抱いているのと同じ感情を,相手も自分に抱いてくれることを欲する・・・これは恋愛だけではないでしょう.恋愛以外の愛情,好意,ひょっとすると憎しみもそうかもしれません.逆に言えば,こちらをどうとも思っていない相手を一方的に思い続けることは難しい.それを完全な形で続けることができるのは,神か仏だけのような気がします.だから,「私が神さまを忘れても,神様は私を覚えていてくださる」のは,神の業.そして,「ものうきことなくして」というのも,まさに仏だからなのでした.

【補足】

 気が付けば2月も終わり.1回もブログ書いてなかったぞって,あわてて1回分書いたのがこれです.最近は,前振りで力尽きて,本題はちょっと触れる程度で終わることが多いけど,今回もそうなってしまいました.
 「大悲無倦常照我」という一句の要は「常照我」だと感じていましたが,先日,「無倦」が心に迫ってきました.どういうことだろうかと思って書いていみたのが今回の文章ですが,はて,さて・・・.

 ところで,「二つの炎」の二人はこの後どうなるのでしょう.「私」の方は,「片想い」(と,当人が感じているもの)に耐え切れず,去っていく.「あなた」の方は,「信じあえる愛が分からないのか」っていらだち,一方的に振られた(と感じた)のち,「あんなガキは相手にしちゃおれん,次行こ」って自分を納得させる・・・恋愛小説に仕立てるなら,こんな感じですか?

 「正信偈」: 『真宗聖典 注釈版』(本願寺出版, 1989:旧版です), p.207.

 H.フィッシャー『人はなぜ恋に落ちるのか?』(大野晶子 訳, ヴィレッジブックス, 2013).

 中島みゆき「ふたつの炎」: 『中島みゆき全歌集 1987--2003』, 朝日文庫, 2015, pp.114--115).

 「私が神さまを忘れても・・・」: ある修道女がアルツハイマー症と診断されて,「私が何をいちばん恐れていたか,おわかりですか?それは,イエスを忘れてしまうことだったの.でも悟ったんです.私があの方のことを思い出せなくなっても,向こうは私のことを覚えていてくださるだろうって」(D.スノウドン, 藤井 留美 訳『100歳の美しい脳』, DHC, 2004, p.146).以前,こちら(「わたしゃ忘れて暮らすのに」)でも引用しました.

 「千曲の川の・・・」: 「信濃なる 千曲の川の さざれ石も 君し踏みてば 玉と拾はむ」(『万葉』東歌.巻14, 3400).
 万葉集は読んでいませんが,ときどき引用される歌でいいなって思うのは東歌が多いような気がします.上の歌を書き抜いていたノートにあった東歌(?)をいくつか:

 多摩川に さらす手作り さらさらに なにぞこの児の ここだ愛《かな》しき (巻14-3373)
 上つけの 安蘇のま麻群《そむら》 かき抱《むだ》き 寝れど飽かぬを あどか我がせむ (巻14-3404)
 筑波嶺の さ百合《ゆる》の花の 夜床《ゆどこ》にも 愛《かな》しき妹ぞ 昼も愛しけ(巻20-4369)

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